海外で事故に巻き込まれることなど、めったにあることではない。

だが、ひとたび遭遇すると、まず無事ではすまされない。そのような事例を掘り起こし、どうすれば身の安全をはかれるかを考えてみます。

タイタニックにも日本人---だが、救出されて無事日本に生還

1912年鉄道院在外研究員としてロシアから帰途についた日本人がいた。彼の名は「細野正文」である。有名な音楽家「細野晴臣」の祖父にあたる。細野正文は、当時最高峰の豪華客船「タイタニック」に乗船した。彼は日本人で唯一の乗船者であった。そしてタイタニック号は、氷山に激突して沈没した。この大規模な海難事故では、705人が犠牲になった。一方生存者は1502人であった。女性と子供を優先させて救命ボートに乗せたため、犠牲者には男性が多かったという。そして細野正文氏も救助されている。しかし、これには後日談がある。細野正文氏は「婦人を押しのけて救命ボートに乗り込んだ卑怯者」といった誤った情報が世界に拡散してしまった。この誤情報を信じた鉄道院では彼を降格処分にした。のちの調査によって「事実無根」が証明されて細野正文氏の名誉は回復されている。欧米でも、生還した男性には、周りの目は冷たかったそうである。だから、日本人だけを陥れようとしたわけではないのだろう。しかし当時の、アジア人蔑視の風潮がこの誤報を生んだと考えるのが自然である。

米軍潜水艦の体当たり攻撃---水産高校練習船が遭難

愛媛県立宇和島水産高等学校に激震が襲った。同校所属の漁業練習船「えひめ丸」が米軍所属の潜水艦と衝突、沈没したという知らせが舞い込んだのである。2001年12月10日のことであった。ハワイのオアフ島沖で起きた海難事故である。「えひめ丸」の行方不明者は、教員生徒合わせて9人にも上り、海上に26人が投げ出された。これらは救助されたが、そのうち1名は鎖骨骨折、11名は軽傷を負った。その不明の9名は船内に残っていると思われたが、「えひめ丸」の引き揚げは不可能なほど深いところに船体を横たえていたのだ。事故は潜水艦が浮上する際に安全確認を怠ったせいだとされている。結局、海中で「えひめ丸」を曳航し、遺体はようやく遺族のもとに戻った。裁判では潜水艦の艦長は無罪となっている。彼は献花のため後に宇和島を訪れている。